アーカイブ 8月, 2008

ローマのキリスト教、日本の創価学会

塩野七生『ローマ人の物語』の文庫本も、単行本XII巻「迷走する帝国」まできました。

ローマ人の物語 34 (34) (新潮文庫 し 12-84)

文庫本34巻では、ローマ帝国のなかでキリスト教の勢力が伸びてきた理由を、ギボンとドッズ教授の著作から分析していました。
以下、ドッズ教授の著作まとめ部分から引用。

塩野七生『ローマ人の物語 34 迷走する帝国[下]』pp.186-188

この集団の構成員がともに行っていたのは、宗教上の儀式だけではない。考え方から生き方すべてを、ともにしていたのである。反キリスト教論者のケルススが鋭くも指摘したように、この点こそがローマ帝国にとって最も危険な点であった。
 彼らは、同信の徒が不幸な境遇に落ちようものなら、物質上の援助を与えるのをためらわなかった。相互扶助がこの集団にとって重要な役割であり、それがまたよく運営されていたことは、ローマ側の認めていたことだった。
 しかし、恵まれない人々に手を差しのべる精神は、何もキリスト教にかぎったことではない。だが、三世紀のローマ帝国は、それまでのローマ人の社会福祉の精神をささえていた、公共心が薄れる一方であった時代である。それが抜けたスキ間に、他のどの宗教よりもこの面では積極的であった、キリスト教コミュニティが入りこんだのであった。
 キリスト教会は信徒たちに、生きていくうえでの基本的な保証を与えるようになっていた。生活に困っている寡婦を助け、孤児を引き取り、老人や失業者や、その他の社会の脱落者に手を差しのべていたのである。貧しい人には葬式を出してやり、疫病が流行れば、病院の役割まで買って出ていたのだった。
 しかし、これらよりも何よりも、キリスト教会が三世紀のローマ人に与えるのに成功したのは、多くの人がそれなしに生きることがむずかしい帰属心であった。
 人々を苦しめるのは、自分はどこにも属していないという孤独感なのである。
 (中略)
 これらの人々が、キリスト教のコミュニティに加わることで、人間的は温かさを得られたのだ。誰かが自分のことを、現世でも来世でも、心配してくれると思えたのであった。
 これが、村よりも都市が、都市でもローマやアンティオキアやアレクサンドリアのような大都会のほうが、キリスト教信者が増大した要因であった。

この部分の記述を読んで、創価学会のことを思い出しました。
創価学会の主要な層は、農家から都市に出てきた人々です。そのなかでも、労働組合に所属することができないような層(つまり大企業に属していない)がメインターゲットでした。
そして、そのような層の相互扶助を担う共同体として機能していきます。

島田裕巳『創価学会』(新潮新書) pp.150-151

 創価学会員たちは、すでに述べてきたように、自分たちの故郷にある村を追い出されてきた人間たちである。あるいは、生きていくために村を後にせざるを得なかった人間たちである。おそらく彼らは、故郷を去るときに、都会で一旗揚げ、故郷に錦を飾ることによって、自分を都会へと追いやった故郷の人々を見返してやろうと考えたに違いない。
(中略)
出てきたばかりの都会で、生活の基盤を確立できておらず、寄る辺ない境遇におかれていた。都会で安定した豊かな生活を実現するには、それを助けてくれる仲間を必要とした。
(中略)
 学会員は、地域に生活の場をおいた庶民たちであり、その職種も各種の店主や店員、町工場の工場主や工員、個人タクシーの運転手、保母などに及んでいる。そうした人間たちが集まれば、どんなことでもこなすことができ、何か問題に直面したときには、他の会員たちが相談に乗ってくれるのはもちろん、手術を受けるなどというときには、皆で集まって「南無妙法蓮華経」の題目を上げてくれたりする。引っ越しや葬儀の手伝いもしてくれるし、福祉施設への斡旋が必要となれば、公明党の議員に紹介を依頼してくれたりする。

宗教のコミュニティに加わるということは、「信仰」という問題よりは、現実的なメリットが初めにくると考えます。コミュニティからもたらされる物質的な援助と、不安感をなくし、希望を持たせてくれるメリットが。

精神的に強いひとや、理性的にものごとを考えられるひとならば、「宗教に走る」ことは、鼻で笑うようなことだったり、批判の対象にするのかもしれないけど、まさに目の前の窮乏や不安な思いにさらされている人にとって、そんな議論は生きる役に立ちませんから。

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コネってそんなに悪いやり方なのかな…

大分教員汚職、不正採用教員21人採用取り消し – MSN産経ニュース

教員汚職事件を受け、大分県教育委員会は29日、昨年の教員採用試験で、不正な点数操作により合格した教員21人を特定、採用を取り消す方針を決めた。不正は一昨年の試験でもあったとされるが、県教委は裏付けが不十分として取り消しを見送った。採用取り消しとなる教員はすでに教壇に立っており、過去に例のない大量の採用取り消しの異常事態に、教室の混乱を避ける対応が求められる。

採用取り消しとなるのは、小学校教員が14人、中学校が6人、養護教員が1人。採用取り消し対象の教員が希望すれば、臨時講師として雇用するとしている。

不正をして得点が水増しされたのは採用された教師が悪いわけではないし、「採用取消対象の教員が希望すれば臨時講師として雇用する」のは現場の混乱を避けるために、現実的な手だと思います。

以前から、教師になるにはコネが必要とか言われていませんでしたっけ?
私が教師になりたいと思い始めていた、20年前にはすでに言われていたような気がします。

・不正合格でしっかり子どもの面倒を見てくれる教師
・正しい手順を踏んで合格した問題教師
どっちがいい? と問われたら、私は前者がいいです。
大分の学校の実情は知りませんが、不正合格でも、ぜんぜん問題のない教師のほうがむしろ多いのではないでしょうか。

だとしたら、教員採用試験ってなんのためにあるんだろう?


無免許医の問題と似た印象を受けます。

・無免許医だが腕のいい医者
・免許あるが藪医者
どちらにかかりたい? と問われれば、私は前者がいいです。

だとしたら、国家試験はなんのためにあるのか?
こういう試験のメリットってなんだろう?


自動車運転免許の試験なら、まだ、わからないでもないんです。
取り扱いを誤ると、あっという間に殺人マシンになってしまう鉄の塊を操るために必要な技量を持っていることを担保する必要があります。
道路にそって自分で操作して行きたいところに早くいける…こんな利便性が高くて、危険のものを利用するためにはは免許制度がないと、扱いかたを知らない人が操作する自動車が道路を満たしてしまいます。


医師はどうでしょう。
これは、徒弟制を国家レベルでシステム化したものと考えられます。
師匠が弟子に「免許」するように、国が「免許」してくれるわけです。
師匠が弟子に「免許」する基準を、ペーパーテストなどの試験で、代替するということになります。

ただ、試験に落しこむ過程で、本来の免許基準に含まれるべき事項が欠落しているのかもしれませんね。


では、教師は?
教師はなにゆえ、教師なのでしょう。

明治になって学制が整う以前、市井の人々は寺子屋に通いました。(藩校はおいといて)
寺子屋は私塾です。
寺子屋で教えられていた定番テキストはありましたので、これが教科書ということになります。
教科書を教えるための教養をもっているよ…ということを示すのが、師にとって第一に大事なことです。
現在の教員採用試験で課されるペーパーテストは、この線を継いでいるのかなとは思います。

でも、教師の要件って、それだけではないですよね…
それ以外の評価はどう担保されるんでしょうか。
二次試験は面接のようですから、それで担保するということなんでしょうけど。


いっそコネでもいいんじゃないですか?
コネって結構プレッシャーあると思うんです。
もし問題を起こしてしまったら、推薦してくれた人に泥を塗ることになりますからね。

「コネ」という響きがよろしくなければ、教員採用試験に「推薦枠」でも設けてはどうでしょう。
ルールに則って堂々と「コネ」を行使すればいい。

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通勤電車が読書タイムに向く理由

朝、ビルのロビーでのふたりの女性の会話。
A「Bさんって、家近いよね。」
B「うん、駅ふたつだからね。」
A「近いほうが楽だねー。私電車の乗っているだけで30分」
B「でも、Cさんは電車で1時間くらいかかるところにわざわざ住んでいるらしいよ」
A「えぇ? なんで?」
B「通勤電車で朝刊が読みおわらないから、だって」
A「わけわかんない。近くに住んで、家で読んでから出てくるなり、早く会社来て読むなり、近くのスタバで読むなりすればいいのに」
B「そうだよねー」


私には、Cさんの気持ちがわかるような気がします。
行き帰りの通勤列車内あわせて1時間半程度時間で、文庫、新書を中心に読書をこなしています。
職場が近くなったら、読書量がた落ちしそうです。

なぜ、電車のなかなんでしょうか。

自宅で、なぜ読めない?

「他にできること、やることがあるから」

子どもがいる家庭では、子どもが寝付くまでおちおち本も読めないでしょう。
パソコンにむかって、ネットサーフィンしてしまうかもしれません。
テレビを見てしまうかもしれません。

他に誘惑が多いのが、いけません。

喫茶店で、なぜ読めない?

「なんか落ちつかない」

コーヒーを飲み終わると、席に居座ることができない私は小心者。

職場で、なぜ読めない?

「仕事をさぼっているようにしか見えない」

職場で朝から新聞や本を読んでいると、さぼっているようにしか見えないのは私だけでしょうか。
しっかり勤務時間にカウントされているんでしょ?

電車が読書に向く理由

1) 他にすることがない
2) 落ち着く
3) 周囲の目が気にならない

電車のなかにいると、他にすることと言えば、ケータイいじるか、DSやるかといったところ。
音楽が流れ出るイヤフォンを耳栓がわりにして、読書に集中するにはいい環境です。

また、電車に乗るということは、目的地にたどりつくまでは、席を占有していても誰も文句はいいません。
下記のページを参考に混んでいる車内でも、落ちついて本に向かうことができます。

通勤電車で快適に読書する方法
http://www.asahi-net.or.jp/~nx7r-tsm/howto.htm

座席に座っていても、目の前に席を譲るべき相手がいる場合以外は、それほど周囲の目は気になりません。
別に職場ではないですからね。

トイレや寝る直前のベッドのなかも属性が似ていて、読書に向いているように思えます。
快適な車内読書を!

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質問される側から考える、質問のスキル

「質問のスキル」といってもコーチングで出てくるそれとは違うかも。

現在の会社で働くようになってから6年以上が経過し、今のチームで働くようになって4年半が経過しました。
その間チームに新卒の後輩、他チームから移籍の新メンバーが入ってきたりして、質問をされることも多くなりました。今年に入ってからは質問されまくりです。
質問をする側だったときには、あまり意識したことがなかったのですが、質問される側に立つと回答しやすい、うまい質問のしかたというのはあるんだなぁという思いです。
感じたことをまとめてみます。

質問の内容

SIer勤務の私です。
後輩、もしくは、新しく入ってきたメンバーから寄せられる質問の内容は大きくわけて二つです。

1) 技術的なこと
・Webサーバ(apache)の設定とか、DNSサーバの挙動とか
2) 業務上の判断
・テストケース成否の判断、障害対応内容の判断など

技術的なこと

回答のスタンス

後輩、ことに業務の経験がない新卒で入ってきた人を、ひとりで仕事をできるように仕込むことを目的に回答しています。
なので、直接の答えを与えることはなるべくしません。
後輩ひとりで調べ、回答をひっぱり出せるアクションができるようにすることが目標です。

答えやすい質問

この質問で困るのは、「質問者がどこまでわかっているのかわからない」と適切な答えができないということです。

なので答えやすい質問は、質問者の理解がどれほどであるのか示してくれることです。
a)実現したいことはなにか
b)何を、どう調べたか
(「○○という本を調べた」、「××というキーワードでググった」、「ベンダーに質問した」など)
c)そして現状わからないことはなにか
を踏まえた質問ということになります。

a)のポイントがあいまいであれば、もう少し具体的にすることで求める回答にたどりつけることになるでしょう。
b)のポイントでそもそも調べていなければ、「ググれ」「マニュアル読め」の一言です。調べているものがよくなければ

業務上の判断

回答のスタンス

こちらの質問では、自分自身でどうアクションすべきか考えるようにするのが目標になります。
しかし、判断基準にチーム内でぶれが出ることは、お客さんからみて、ぶれが出ることになるので避けなくてはいけません。
新メンバーで入ってきた人と、元からいるメンバーで判断の基準がなるべくぶれないようにすることが目的です。

答えやすい質問

判断を求めるときには、Yes, Noで回答できる質問にすることです。

「○○というテストケースで、接続先のシステムの応答が××という結果になったが、仕様書には▲▲という記述があり、OKとしてよいと考える。OKとしてよいか?」
というように
a) 今ある事実
c) 判断の根拠
b) 判断結果
を示してもらえれば、Yes,Noで回答が可能です。

「どうしたらよいでしょう?」に対しては「どうしたらよいと思う?」と質問返しすることにしています。
自分で考えることが大事だと考えるからです。

質問を記録する

質問されることが多くなってから、誰からどんな質問をされたか、記録するようにしました。
「同じような質問をしてくるんじゃない!」という意味をこめて、チームのメンバーにも公開しています。
自分が他の人に質問したことも同様にまとめています。

記録しているうちに、これは外部に示す仕様書に記述が必要ではないか、とか、マニュアルでまとめる事項ではないか、とか考えるようになり、チームで仕事をするために必要なアウトプットというものも見えてきたような気がします。

まとめ

質問のスキルを、質問の内容をふたつにわけた観点から、考えてみましたが、さらにまとめることができそうです。
それは、「質問者が思考の過程を示す」ということです。
もちろん、そういう質問が出てくる背景には、「質問される側が思考の過程を残していない」という問題があるように思います。
思考の過程を残していくという意味でも、質問の内容を記録しておく価値があると考えて、活動を続けています。

でも、思考の過程が残っている設計書なんか、見たこともないや。

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血液型別性格分類とコーチング

私はB型です

「自分の説明書」シリーズ、B型から売り始めるのはマーケティングの勝利だよなと思う、そんな私はB型。

血液型と性格が一致するとはまったく思っていない私ですが、「典型的B型」とか言われて腹立つのも事実ではあります。協調性くらいもっているわい、と主張。
血液型別性格分類の議論に敏感に反応するのは、B型です。はい。

私の血液型別性格分類に対する姿勢はこうです。
1) 他人の血液型を聞いてこんな性格と決めつける…というのは論外
2)「A型っぽい性格」なんていう分類に使うのはありと思う

私は、「典型的なB型」と言われるくらい、「B型っぽい性格」ですが、「B型っぽい性格」同士だとやりづらさを感じるし、「A型っぽい性格の人」とは、決定的に相性が良くない気がします。「AB型っぽい」人は、うーん、よくわからない。

とここまで考えて、そっくりなのあるじゃないかと思った。

私は「プロモーター」です

コーチングの研修で受講する、コーチ・トゥエンティワン社の「タイプ分け」です。

coach21 | コーチングスキルを身につけてビジネスに活かす・資格を取る
http://www.coach.co.jp/

Test.jp — あなた自身を知るサイト
http://test.jp/

実際にテストを受けてみるとわかりますが、タイプは全部で4種類。
・コントローラー
・アナライザー
・プロモーター
・サポーター
に分類されます。

私がタイプ分けのテストを受けると、「プロモーター」のスコアが高く、「コントローラー」と「サポーター」がだいたい同じくらい、「アナライザー」が最も低くなります。
この傾向はいつも変わりません。

今回、test.jpで受けてみた結果は、
・コントローラー 47.62
・アナライザー 32.58
・プロモーター 66.13
・サポーター 46.00
でした。

コーチングの研修を受けた同僚に対して、「私はプロモーター」だと言うと納得します。
ええ、「B型」と同じように。

血液型とタイプ分けの比較

「A型っぽい」=「コントローラー」
「B型っぽい」=「プロモーター」
「O型っぽい」=「サポーター」
「AB型っぽい」= 「アナライザー」
だと考えると、ちょっぴり違和感があります。

B型っぽい要素には、プロモーター的要素と同時にコントローラー要素もあるような。

というわけで、こんな図を書いてみました。

私は上の図の解釈で、勝手に納得してます。

「AB型っぽい」
→ 分析はするが、最後は相手の主張に折れる
→ 「アナライザー」&「サポーター」
とかそんな感じです。

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母子ともに健康です..

気になっていたあの「事件」無罪判決が出たようです。

無罪の加藤医師が会見 「ほっとした」 大野病院事件 – MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080820/trl0808201948012-n1.htm

この事件、判決間近ということでブログの記事や、過去の新聞記事にも目を通してみたのです。

疑問に思えてならないことが、ひとつ。
いつから出産は「成功してあたりまえ」になったんだろうということです。
少なくとも遺族のみなさんの意識はそうなのではないでしょうか。

「産後の肥立ち」や「母子ともに健康」というのは消えつつある言葉のように思えます。

妊娠・出産は、女性の体にかかる負担がかなり大きく、出産や「産後の肥立ち」が悪いために、亡くなるかたもそれなりに多くいたはずです。
最近は出産もしくは産後に亡くなる人の話は、めったに聞かなくなりましたが…

お産SOS: (上)周産期死亡率と妊産婦死亡率/医療が向上 大幅に改善
http://blog.kahoku.co.jp/osansos/2007/06/post_53.html

40年代前半は200人を超えていたが、出産場所の主流が自宅から医療施設へと転換していくのに合わせ、劇的に低減。80年に19.5人と20人を切り、05年には5.7人になった。

下図も同ページから。

かなり確率が下がっているとはいえ、ゼロではないんですよね…

私には、兄がいたかもしれませんでした。(いや、兄がいたら、私は生まれていないかも)
流産という結果に終わったのです。
とても、出産は成功して当り前とは思えないから、こんなふうに思うのかもしれません。

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advanced/W-ZERO3[es] NetFrontからGmailが見られない対策

ad[es]のNetFront3.5からGmailにログインできなくなってしまった。
IE mobile, OperaからはログインできたことからブラウザのUser-Agentの問題だろうと推測しました。

NetFrontのUser-AgentをIE mobileに見せかける変更を行ったところ、Gmailにログインできるようになったので、手順をまとめておきます。
※ と思ったら、User-Agent偽装しなくても、ログインできるようになっている!(8/22現在)

NetFrontでUser-Agent変更

1) 右下の[Menu]->[Tools]->[Browser Setting]を選択
2) さらに右下の[Menu]->[Network]を選択
3) User-Agent枠の中の「NetFront Browser Demo」となっている場所をタップし「—-」を選ぶ
4) 「Edit」をタップ
5) Titleは適当でよい。(「IE mobile」と入力しました)
6) User-Agent枠に鍵カッコ内を入力
「Mozilla/4.0 (compatible; MSIE6.0; Windows CE SHARP WS011SH; PPC; 480×800) Opera 8.7」

これでログインできるようになります。
NetFrontのUser-AgentでGmailにアクセスする場合と、IEに見せかけた場合だとUIが違いますね。
GmailではIEに偽装したほうが、タップ中心の使いかたにマッチしているので、しばらくIE偽装で使ってみたいと思います。

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スポーツと広告

オリンピックでサッカーやバレーボールを見ていて、少し違和感を感じたのは、広告のせいだと気がついた。
サッカーの各国リーグのテレビ中継や日本で開催されるバレーボールの国際大会だったら、クルクル変わる広告部分があるところに五輪マークがあるばかり。
オフィシャルスポンサーの露出って、どこでされているんだろう。NHKの放送を中心に見ているとわかりませんが、テレビコマーシャルでしょうか?

プレー中に映る場所に広告を出すのか、TVコマーシャルをうつのか。競技の特性によって、広告効果は異なるように思うので、思いつくところでまとめてみた。

サッカー

サッカーはキックオフから前後半のそれぞれ45分間、プレーが途切れることがないため、TVコマーシャルを入れることができない。
Jリーグが始まったころの地上波の中継では、45分の間にCMをつっこんでいたが、CM中にゴールが決まることがあってから、45分間はコマーシャルを入れないようになっている。
TVを意識した広告はピッチサイド、最近では、ゴール裏の部分にも、TVカメラを意識した広告が描かれていることがある。

野球(日本)

野球は、3アウトになれば攻守交代の時間になるので、TVコマーシャルと相性が良い。
ただ、試合の終わる時間のせいで延長とかするのが気にくわないけど。
以前は投手交代のところでもCMを入れていたように思う。
投球時センター方向からのカメラになってからは、バックネット部分に広告が入るようになったのではないだろうか。
スタジアムのフェンスは広告だらけだ。

バレーボール(日本開催の国際大会)

ラリーポイントになったおかげで、試合の切りかたで、結果がほとんど読めてしまうテレビ中継はなくなった。
でも、日本特別ルールがいろいろありすぎだろう…

制作者と視聴者の架け橋テレビコ
http://www.tvco.tv/interview/index.php?action=detail&id=50

─ラリーポイント制へのルール変更で、番組を成功させるために工夫されたところとは?

例えば日本戦の場合、2セット目と3セット目の間を通常3分のところを10分にしてもらいました。前半の振り返りをできる時間がほしかったんです。 また現在ではスタンダートになったものに、レッドランプシステムというものがあります。これは主審の前に小さな赤ランプを用意して、中継車がボタンを押していると点灯し、その間はサーブ開始の笛を吹かないでいてもらうんです。その理由は、少しでも時間を延ばしたいこともあるし、何よりもスロー再生を使っていいプレーをしっかりと見せたいからで、通常は7秒くらいのところを、最大で15秒くらいに伸ばしてもらっています。 また、スポーツ中継は生放送でみていただくのがベストだし、そうであるべきだと思いますが、しかしフジテレビは民放なのでスポンサーのCMも重要です。短い時間で終わってしまう危険を避けることを含めて、時差の少ないVTR放送にしています。 つまり、ラリーポイント制によって1時間足らずで終わってしまわないよう、2時間の見ごたえのあるバレー中継をお届けするようにしているわけです。
(中略)
コートをコの字型で囲む広告板をLED方式にしました。それまでは一定時間ごとに回転するドルナシステムと呼ばれる広告板だったのですが、LEDになることで広告の表現力が高まりました。また試合前の演出にも上手く活用できると考えています。

演出のほとんどない、うるさい解説もいないオリンピックのバレー中継は新鮮でしたよ。

野球(MLB)

MLBのTVでの広告は不思議だ。
フィールドレベルに広告がないようなので、プレイ中にはほとんど広告が画面に映らなかった。
日本でのMLB中継が始まるまでバックネット下のフェンスに広告を入れていなかったのではないろうか。
ノーラン・ライアンが現役だった1980年代には、ないように見える。
【ニコニコ動画】ノーラン・ライアン
【ニコニコ動画】ノーラン・ライアン

アメリカンフットボール(NFL)

NFLはフィールドレベルでの広告がみあたらない。その代わり、TVコマーシャルを入れるタイミングを意識して、2minutes warningというNFL独自ルールがある。2Q/4Qの残り2分になると、強制的にタイムアウトになる。接戦の場合には、残り2分は最後の勝負どころでもあり、TVコマーシャル枠の値段もはるのではなかろうか。

アメリカンフットボール(NBA)

NBAはクォーター制になっている。クォーターの区切りとタイムアウトのタイミングがコマーシャルを入れるチャンス。NFL同様、接戦で行っているときの終盤のタイムアウトはチャンネル変えられる可能性が低そうだ。

やはり、プレーの途切れない、アイスホッケー(NHL)とサッカー(MLS)は、さすがにフィールドレベルにも広告があるが…

まとめ

1) 15分に1回くらい、プレイが途切れる
2) プレーが途切れる時間が1分以上ある
とフィールド上に広告が不要になる。

ただ日本はがめついのか、テレビが映すところに広告ありという印象だ。

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みんなが登れたからといって、自分も登れるわけではない

asahi.com(朝日新聞社):富士山、甘く見ないで 病気で遭難死、急増 – 社会
http://www.asahi.com/national/update/0818/TKY200808180313.html

夏山シーズンでにぎわう富士山で、病気による遭難者が例年になく増えている。今月16日までに急性心不全などで4人が死亡、1人が一時、意識不明の重体となった。余裕のない登山計画などが要因とみられ、県警などは注意を呼びかけている。
13日、ツアーで訪れた高知市の教員の女性(42)が、8合目で頭痛などの体調不良を訴えた。5合目まで自力で下山したが、体調が悪化、15日に脳卒中で死亡した。
2日未明には、横浜市の会社員の男性(55)が8合目で倒れ、急性心不全で死亡した。富士吉田署によると、男性もツアーの団体客。前日午後10時半に5合目駐車場にバスで到着。すぐに登山を始め、翌日のご来光を頂上で眺めるという夜行登山に参加した。ガイドはいなかった。男性は友人と登山を始めたが、友人とはペースが合わず、途中からは1人で登っていたという。
8合目付近は、がけ道が続き、酸素濃度は低くなる。男性は、激しい運動で体内の酸素が奪われ、呼吸困難になったとみられている。
富士吉田市の富士山課によると、山開きをした7月1日から今月13日まで、吉田口登山道の登山者は、17万4325人。昨年同期比の34%増となっている。県警地域課によると、この間、4人が病死し、1人が重体になった。いずれも40、50歳代の男女で、登山経験が浅い人ばかりだという。昨年、一昨年の夏山期間中、発病による遭難者はゼロだった。

自分も一歩まちがえば、こんな感じだったのでしょうか。
私も去年(2007年)、初めて富士登山をしました。

11:00 5合目、体をならす
13:00 出発
19:00 8合目で食事・睡眠
1:00 8合目出発
5:00 9合目越えたところで御来光

パーティは、登山経験者あり、ガイドつきという構成でした。
ガイドさんは万事無理をしないようにという配慮のあるかたで、宿で就寝する際に、
「0:00に出発すれば、山頂で御来光がおがめると思います。山頂の御来光はがまんして、1時間睡眠しますか? 多少無理をしてでも、アタックしますか?」
と我々に選択を委ねました。疲れていて、高山病の症状が出かかっていた私は、睡眠をとりました。
8合目から山頂までは大渋滞でした。でも、呼吸が苦しかった私にとっては休み休み進める状態で、かえって助かったように思います。
降りるときは、だんだん酸素が濃くなるのを感じ高山病の症状が薄れていくので、まだしも楽でした。

登山経験豊富な義父は、「いきなり富士山は無茶だ」と言っていましたが、登ってみてその忠告が身にしみました。
これから登るかたは、高尾山あたりで練習してから富士山に挑戦することをオススメします。

でもなんで、無理をしてしまうのかな。
「ここまで登ったのにもったいない」とか思ってしまうのだろうか。

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若者はいつまでも若者ではない

Yes-プログラム

子どもといっしょにポケモンの映画を見るべく、シネコンに行ってきました。
お昼をマクドナルドで食べたのですが、トレイの敷紙にこんな記事が。
Yes-プログラムなるものの説明でした。

若者のビジネススキルを高めるために、厚生労働省がつくったプログラム。
マクドナルドはYes-プログラムの認定を受けているので、クルーとして働いて、Yes-プログラムを修得すれば、履歴書に資格として書くこともできるので、とっても便利。

マクドナルド 国が認める「YES-プログラム」
http://www.mcdonalds.co.jp/recruit/crew/yes/index.html

厚生労働省:「若年者就職基礎能力支援事業(“YES-プログラム”)」について
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/syokunou/yes/

YESプログラムとは(首相官邸)
http://www.kentei.ne.jp/topics/yes0901.html

厚生労働省では、若年者(15歳~24歳)の就職状況が非常に厳しいことから、企業を対象とした実態調査の結果に基づいて、若年者の就職促進を図ることを目的とした「若年者就職基礎能力支援事業(YESプログラム=Youth Employability Support-Programの略)」を創設し、平成16年度から実施しています。

プログラムとしての実態はよく知らないですし、私が所属している会社の新卒採用で資格欄にこの資格を書いてくるような人がどれくらいいるのかも不明ですが、官邸の説明からすると、若年層(15~24歳)がターゲットの就職支援が狙いのようです。

新卒採用の氷河期と言われていたのは、おそらく2000年くらいまでで、その後大卒者の新卒での就職状況は好転しています。
このプログラムが開始されたのは2004年。
2000年時点で22歳で若年者であった人たちは、2004年時点で枠をはずれ、2008年時点では30歳になっていることになります。
新卒時点での、正社員としての就業状況が芳しくなく、本当に就業支援が必要とされている人々の層は、今30歳代に突入していて、このプログラムの対象外です。

完全に狙いを外してますよね。

おそらくこのプログラムが企画されたのは2000年前後で、実行に移している間に「本当に就職支援が必要とされているのは、若年層ではなく、正社員になりそこねた年代だった」ということが、表出してきたのだと思います。

若者は年をとる

若い人は海外旅行離れしてないよ – タケルンバ卿日記
http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080708/p4

……でも7年も続けば、そいつらもみんな年をとり、30代になっていくわけで。何故か30代の問題にはならんのだなあ。……ホワイ?

こちらの記事での旅行業界もそうですが、このような統計をまとめて発表している人や、それをもとに企画や政策を練る人って、「若者は年をとらず、いつまでも若者」で「現状は変わらない」と思っているのではないだろうか。
年金の問題やら、少子化の問題やらは、時間経過によって横軸がどんどんスライドしていくことを認識していれば、手は打てたのかもしれないけど。

横軸の変化を意識してもらえた「団塊の世代」

世代として認識されているのは「団塊の世代」くらいで、チヤホヤされていますよね。この人たちだけは、横軸の変化が常に注目されてきていると思います。
この世代がもうすぐ定年になるというだけで騒がれ、定年を伸ばしてみたり、リタイア後をあてこんだビジネスを考えてみたり…。

「団塊の世代」に対する注目ぶりを他の世代にも発揮してもらいたいもんです。
「団塊の世代」の人たちは、素敵な名付け親、堺屋太一に感謝すること!

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